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外資系経理マンのページ

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小説(4)

翌朝、会社にでると、深田社長がファックスのまえで、おそらく親会社からきたであろうファックスの束を、ひとつひとつ見ては、仕分けをおこなっていた。
「おっ、松田君。きのうはすまなかったね。初日に不在で。本社の会議が延びちゃってね。そうだ、金曜、夜はあけといてくれよ。何か?松田君の歓迎会に決まってるだろう。いけるんだろう?」
 なにやら、口あんぐり状態。でも本社の会議がのびた?きのうの話とはちがうなあ。本社から電話あったっていう話だったもんなあ。やっぱ、愛人か?

 そう思っていたっところへ、

「おはようございます」

 歳の頃は30代なかばくらい。でも、そう見えるのは濃い化粧のせいで、実際はもっと若いのかもしれない。そして、あとで聞いた話では、29歳ということだった。誰か?もちろん。江頭国際部長である。エルメスのバックを机のわきにおき、さっそく始業前だが、かかってきた本社からの電話を深田にとりついだ。
 会社は、ネットワークは、アップルトーク使用のネットワーク構成。もちろん、各自、いまでは古典的な趣さえ感じさせるブラウン管式のモニタで、インターネットも草創期で、信頼性がいまひとつのため、親会社との間のメールのやりとりは、ダイヤルアップで本社のサーバーにつないで、メールやデータのやりとりをする。ただ、この会社でアップルコンピュータに最初のコンタクトしたことが、松田をアップル狂への道をあゆませるきっかけになったのは、言うまでもない。

 きのうは、かえるとき机の上にはなにもなかったが、今朝は大きな躯体のパワーピーシー搭載もMacintoshコンピュータが鎮座していた。パーテションに区切られた環境は、まんざらでもない。そうだ。よく家族やらの写真をはってるよなあ。などとたあいのない事を考えていると、江頭の声がオフィスに響いた。
「応接会議室にあつまってくださーい」

 そこには、すでに顔と名前が一致する社員もいたが、はじめての社員もそこにはいた。おそらく営業の人か?たしか、行き先を書くボードに西日本とかあったから、そうなんだろう。
「こういう全体会議はよくやるんですか?」
「気まぐれですよ。でも、今日は松田さんの紹介でしょう。」

 そんなこんなしているうちに、深田社長がはいってきた。

「おう、おはよ。」

あとから、江頭もはいってきた。15名の社員がいるが、松田が目で数えると13名。2名ほど足りないが、深田は、かまわず話をはじめた。

「今日から11月だ。わかっているとは思うけど、年末商戦で、いそがしくなる。営業には土日も現場にはりついて会社に貢献してもらいたい。そこで、ついてはだが、これから年内、土曜日も出勤とし、株式会社フカダの業績アップを狙うからな。」

きがつくと、新しくかった自動車が乗ったとたんに、猛烈なスピードで、それも急激に走り出した印象。それに株式会社フカダ? アンテラジャパンに自分は、はいったんじゃなかったのか?
まわりの空気は、あきらめにも似た境地であった。またはじまったか?と口にこそださないが、社員の顔には、不満の片鱗がうかがえた。そう、深田の思いつき、なのだ。
深田の思いつきはまだまだ つづく。
「それから、まだ日程とか詳しいことは決まっていないが、月一回の土曜日に、自己啓発のセミナーをおこなう。費用は会社がもつ。決まったらしらせる」
隣に立っていた赤城が
「どうせ、日経ビジネスあたりにのってたことのうけいりですよ」と、松田に言った。あの手の雑誌は、ほかにもダイヤモンドとか東洋経済とかあるが、読ませる記事は日経ビジネスが多い。また、いまでこそ日経ビジネスは書店でもかう事ができるが、そのころは通販のみで、おまけに申し込んでも、ステータスのない購読申込みはお断りすることもある、という非常に高飛車な雑誌であった。内容はよくどこそこの会社は、こういうことをしているとか、よく書いているが、深田はよくそれをまねるのが好きらしい。
「あとノ.」
「CFOのトムが今日の午後からくる。内部監査だ。安藤、よろしく頼む」

 安藤は、顔を上気させまるで鳩が豆鉄砲くらったような表情で、深田の顔を凝視していた。

「さいごに、松田君」
「きのうから仲間に加わった松田君だ。病気がちな安藤を助けながら、経理をもりたててもらう。よろしく。松田君」

「松田です。よろしくお願いします。」

「安藤、おまえ、松田君をたのむよ。なにか質問あるか?ないようなら、これで終わりっ。そうだ、金曜夜、松田君の歓迎会やるからな、6時にいつものとこで」

「ああ、土曜日なしか。やってられないよな」
 安川が、深田に聞こえるか、聞こえないかわからないような声で、ぼそっとつぶやいた。それは社員全体の空気を代弁しているようでもあった。そのせいか、会議のあとの空気は、なんとも重いものが、オフィス全体を覆い隠しているような感じだった。


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